平日のある日、お昼を食べた後。
職場で、
「トイレットペーパーとティッシュが売り切れだって!」とみんなが騒ぎました。
なんだかよくわからないままに、
午前中せっせと働いてたら、トイレットペーパー戦争に乗り遅れた私たち。
となりで、備品担当の人がアスクルで会社の分のトイレットペーパーやテッシュを多めに買いました。
その日の夕方。
何も知らない朝から晩まで働いてる同じ世代の働き盛りの友達や家族が「え?!トイレットペーパーないの?ヤバイ!あと1個なのに!」と、時すでに遅すぎるペーパー難民を、見かけました。
「レターパックプラスで2個送ろうか?」
「みんなで送れば1ヶ月分くらい集まるよ」と、声をかけたりしたけど「大丈夫だよ!」とそれぞれ、たくましい返事が返ってきました。
わたしはその夜、わたしたちが働く間に無くなったトイレットペーパーを想いました。
『ポケットの中のビスケットが増えるように騒ぐほど無くなるペーパー』
その日、トイレットペーパーが、売り場からすっからかんになる様子を楽しそうに追うおばちゃんを見ました。
仕事中に、家族からLINEで来る、テッシュやトイレットペーパー売り場の売り切れ画像を
見ては「ほんとに無いみたい!わたしも行かなきゃ」と、出て行きました。
わたしたちには自分のミッションがあったし、おうちのストックもまぁ余裕があるので、目の前の仕事に集中してました。
それでも「無いんだって!」「ねえ!画像見る?!」と言い続け、「今それどころじゃないんで!」と突き返されても「大変ね、どうして?テッシュもだって!」と言うので、
「騒げば騒ぐほど無くなりますよッ!!」って言うてしまいました。
「あなたたちみたいな人がいるから、
デマは広がるんですよ。本当に困った人がどこかで出るかもしれないことを、少しでも想像しましたか?
手に入れたトイレットペーパーは、自分の仲間うちには快く譲り、見ず知らずの人は関係ない顔をするんでしょ?
トイレットペーパーを家族が入手したなら、もう静かに自分のことをしてくださいよ。」って言ってやりたかった。
『ピンチになるとボロが出る』
震災の時、台風の時。
被災しても、被災した人の心に寄り添えないから、業務を停止したり出荷を止めたりする処置をとらない。
日々減り続ける注文、不穏な話ばかりする経営陣、勤め先が倒産したらどうしようという不安、そんなしてまで働く意味ってなに?という疑問。
お仕事があって、自分のやりたいことができて、固定給をもらえて、
居場所があるのが当たり前だと思っていたけれど、ピンチがくるとすぐ揺らぐ、小さな船で、自分の役割について考える。
トイレットペーパーについて、備品担当が騒ぐのはわかる。
あとの人は、自分がやれることをやるしかないし、やるべきことは、新型コロナが来る前も今も、さほど変わらん。
それに、見えない敵に国全体が包まれて、
知らない病気に怯えてても、
自分も元気で変わらずお家がある限り
誰かの「ありがとう」のためにやっぱり働きたいと思います。